そうだ、出会い系サイトを始めよう
十数年ぶりの実家は超絶暇であった。
ようやくいくらか食欲が出て心が平常運転を始めたのに近所には居酒屋も無いし旧来の友も出世して遠くへ行っているので誘う相手もいない。今までは家に帰れば子供達や妻がやんややんやと騒がしかったので気の休まる暇もなかったが、その全てが消えてしまったので何もやることが無い。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、希望の光も見えてこねぇ。せっかくかえるに励まされたが何をどうすれば良いか、生活環境が変わりすぎてわからない。そんな時、見かねた先輩がお客さんのところに不要なテレビがあるからもらってやってくれと言ってくれた。テレビはあまり観ないがひょっとしてこれで少しは部屋の雰囲気が明るくなるかもしれない。先輩とお客さんに感謝を伝え小さなテレビをもらってきた。ベッドから見た感じ置くのは棚の上が良さそう。
ベッドから見た感じ?
そう。もちろんダラダラと寝転んで観る前提である。この世界に真の自由というものがあるのならそれは『自分の部屋』以外に無い。何をしても許される。休みの日にテンション上がらなくてゴロゴロ寝て、また起きて寝て起きてを繰り返し、さらにベッドの上でテレビを観ながらポテトチップスを食べるという危険行為を犯しても誰も何も咎めない正真正銘の無法地帯である。テレビはベストポジションに設置させていただいた。スイッチON。おぉ、人の声だ。久しぶりにこの部屋でかえる以外の声を聞いた。嬉しい。止まっていた時計が動き出し、モノクロだった部屋がみるみるカラーハイヴィジョンになっていくようだ。これが終戦以降人々の心に彩りを与えてきた文明の箱か。改めてテレビの偉大さを感じた。
テレビ飽きた
もともとテレビはあまり観ない方だったが久々のテレビは当たり障りない番組ばっかやっててつまんなくてすぐ飽きた。だってどこのチャンネルも食べ物と温泉ばっかやってんだもの。「コチラ東京の麻布十番にできた新しいフレンチのお店でぇ~♪」て知らんし。こっちは麻布が何番まであるのかも地球のどの辺にあるのかも知らんわ。家の周りに一軒も店が無いかえるの楽園に住んでる田舎者が「おぉそうか、じゃあ明日麻布十番でスタイリッシュにランチでも」てなるわけなかろうが。誰に向けて放送しとるんだ。そういうのは東京だけの地方放送でやれ。あといろんな番組でタレントがよく言ってた「それ今の時代は無理だってぇ~!」とか「コンプラ的にやばいだろそれ~!」という言葉。喋るのが仕事なのに自分の口を自分で狭めて何がしたいんだろう。コンプラ?そんなもん気にして我々を笑わせられると思ってるのか。ドリフ&ひょうきん族世代ナメんなよ?ドルチェ&ガッバーナみたいに言ったけど。
次第にテレビの電源がONにされることはなくなり、寝っ転がりながらスマホの小さな画面をボケ~~と眺める日々が始まった。
Googleに見つかった日
突然人生の目的を取り上げられると人は目の前が真っ暗になり動けなくなる。なんのために生きたら良いのかわからなくなる。昔はおもしろいことの匂いを嗅ぎつけ思いのまま好きなように生きていた。家族を持ち普通の生活を続ける中でその本能が失われていったんだろう。自分がこんなにも人生を見失うなんて思いもしなかった。そんな迷えるおじさんをゼニにできるとGoogleの最新テクノロジーが察知したのか、やたらとスマホの広告にアダルトサイトや出会い系サイトが登場するようになった。当時はまだ「マッチングアプリ」という男女の欲望を上手にミネラルウォーターで薄めたような名前もなく、出会い系サイトは「男女のオトナの関係求めてる人!おっちゃんのとこおいで!」という雰囲気があった。いやいやこれに手を出したら終わりでしょ。その昔みんながガラケーだった頃、出会い系サイトというものがこの世に生まれ爆発的に流行った時に友達と遊び半分でやったことはあるが、それも無料の『スタービーチ』というサイトで、無料である代わりに登録すると一日に数百件の業者メール、今でいうスパムが飛んできてエラいことになった。被害を免れるにはメールアドレスを変更するしかなく、しかもLINEなんてもんはこの世に無いあの時代、ガラケーのコミュニケーションはEメール一択だったのでアドレスを変更したら全知人友人に伝える必要があり、頻繁にアド変する人は(こいつ出会い系やってんな…?)とバレていた。そんな時代を駆け抜けた者として今更出会い系サイトに手を出すなんてもっての他で不信感しかないが「新規登録者はポイントプレゼント!」の文字を見ておやじさん、やってるかいと暖簾をくぐった。無料で飲み友達が見つかればラッキーだし、またスパムメールが来たらアドレスを変えれば良いだけの話。Eメールアドレスなんかいくらでも変えてやろうじゃないかワトソン君、時代は変わったのだよ。
お前が底辺だろ
昔の出会い系サイトは画像なんてなく文字だけだったので今の子が見たら「プログラミング画面かな?」と思うユーザーインターフェイスだったが、そこから20年経ち今や出会い系サイトはすっかりお洒落になっていた。なんかアバターとかいう自分の着せ替え人形があり、いいね!とか拍手!とか異性の気を引くためのツールが充実していた。うわぁ苦手だこういうの。モテない人が必死に課金していいね!や拍手!を連発して相手から「いいねありがとう☆」とか返ってきて親しくなってあわよくばと思ってそう。完全に偏見だけど。
ひとまず無料ポイント分だけやってみることにした。出会い系サイトに課金するようになったら人間終わりだ。第一そんなモテない人のような人生は送りたくない。落ちぶれても元一般家庭。武士は食わねど高楊枝である。乾坤一擲、さぁこの僅かなチャンスで素敵なご婦人をつかまえて人生に活路を見出し未来を変えるのだ!と志高く叫んだ瞬間あっという間にポイントは無くなった。プロフィール見るだけでポイント使うんだって。いやいやそれ知らんかったしノーカンノーカン。だってまだ相手にメールすら送ってないよ?お宅出会い系サイトでしょ?これで出会えるなら相手みんなエスパーですよ。
スマホをベッドに放り大の字に。やっぱダメだ人生なんてそう簡単に変わんねーと天井を見つめているとどこからか、
(……すよ…
………りょうですよ……
あきらめたらそこで試合終了ですよ?)
安西先生!!?え?どこ?慌てて起き上がるも誰もいない。これも悲しきスラムダンク直撃世代の幻聴だというのか。しかし課金してまで出会い系サイトをやるのは抵抗あるし、それをやったら人間の格が下がるというか、さすがに底辺まで落ちたくないというプライドが己の中にある。それに安西先生には過去何度もパチンコ屋でひどい目に遭わされているのでむしろ危険人物という認識だ。深呼吸で心を落ち着け、なんとなく目に入った鏡の自分を見た。
「不倫されて家族を失い生きる目的も失っている、こんな子供部屋で毎日ゴロゴロしてるお前が底辺だろ?」
凍り付いた。自分が話しかけてきた。でも恐ろしいとか信じられないとかいう前にこう思った。
(あ、ほんとだ。)
自分を客観的に見ればかなり終わってるかわいそうなおじさんだ。何を底辺じゃないつもりでいたのか。そう考えるとしょーもないプライドとかどうでもよくなった。とりあえずもう少しやってみよう、やるだけやってダメなら別の方法を考えればいい。ローソンに行って3千円払いポイントを買う。かといってあまり課金するのは嫌だからこれで最後になりますように。殉職した無料ポイント達のおかげでサイトのやり方はわかっていたので今度こそ厳選に厳選を重ね、どうぞ素敵なご婦人に届きますようにとメールを送った。
数日後、私は60代のおばあちゃんとごはんを食べていた。