それでも生きるあなたへ

迫りくる黒い雲と雨柱

嵐の予感、グループワーク

「仮想店舗のWebサイトに関する企画・立案・制作」

これがグループワークのテーマだった。5人ほどの班を3つ設け仮想店舗をどのような業種にするか、どんなコンセプトのWebサイトにするかそれぞれ班で話し合い実際にサイトを作成し発表してもらうとのこと。なるほどこれは難関だ。なぜならこのクラスにまともにグループワークができる人材がいるとは思えない。保険業ではグループワークを定期的にトレーニングとしてやるので慣れているが、果たしてあの難しさを理解している人がこのクラス、そして我が班にいるのだろうか?普段の皆の振る舞いを見ているとまずそのような人種は見当たらないが、他人様を色眼鏡で見るのはよくない。この中に抜き差しならぬ理由で職場を去らなければならなかった優秀な人材がいるかもしれないではないか。変な先入観は持たず真っ直ぐな気持ちでグループワークに取り組むことにした。

草原を駆けめぐる少年のように自由で収拾がつかないおじさんとおばさんたち

ひとまず机を寄せグループワーク開始。最初は様子を見つつ、やらないだろうな、どうせやらないだろうなと思っていたらやっぱり誰もやらなかった。書記を。これはグループワーク初心者あるあるで、したり顔で提案する割には言った内容を書き留めない勢というのがいる。

「私はぁ~コンセプトとしてはぁ~」

「いや、俺はこう思うっスねぇ~」

「そういえば前職でこういう経験があってぇ~」

「コンセプトは子供連れもお手軽に来店できてオーガニックで利益もあってぇ~」

みんな常人の3倍の速さで喋っている。訓練校の失業者は化け物か?悪い予感は当たった。どうやら我が班は全員グループワークをやったことがないようだ。

ほら言ったやん!誰もメモ取らんやん!他人様を色眼鏡で見たらいかんと黙ってたけどそれでどうやって意見の集約や検討および実現性の検証を行うのよ!しかも自分がアホだと思われたくないのか知らんけどなんでみんな言い方が上から目線なん!?アホで経験も無いのバレてるから!それグループワークじゃなくただのフリートークですからぁーーーー!!ざんねぇーーーーーん!!!

経験がある者同士だとグループワーク開始の時点でまず最低でも議長と書記を決める。でないと銘々好き勝手喋って何もまとまらず、得るもの無く時間切れになってしまうからである。実はグループワークには裏テーマがあって、「他人との連携」をするときに必要な「役割の発見」、そして協力して「役割に応じた仕事」をした結果「それらがもたらす時間の節約と大きな効果」を学ぶ訓練でもあるのだ。ただ話し合って終わりではなくチームで仕事に挑む際に必要となる、文字通りチームワークを学ぶ場でもある。だが残念なことにそこに気付いている者は我が班にはいないようだ。みんなただのお喋りの時間だと思い得意げに延々喋っている。法人営業に長年携わり、向上心と野心の塊である世の創業者、社長たちと激闘を繰り広げてきた経験は人を見る目を肥えさせる。我が班に仕事できる人材はいない。それどころかまとまらないからと年長者である俺が書記を買って出ても「あざっす!」で終了。そうかグループワークってそうやるのか、勉強になるなその役目是非とも私にやらせてくださいと申し出る者は皆無だった。みんなキラキラしていた。衆目の前で堂々と時代の最先端を行く魅力的なプランを提案する私の姿を見て!ほら!世界が驚くアイデアを私は持っているの!気づいてない世界がいけないのよ!と氷上を舞うフィギュアスケーターのように華麗に喋りまくっていた。
楽だからね、喋るだけは。

まるで実現性が無い夢物語を聞きながら、「周りが社長だらけ」が「周りが失業者だらけ」になるとこれだけ人間の質が落ちるのかと絶望した。

レスポンスの速さ=ビジネスマンとしての価値

あまりに収拾がつかないので議長も兼任。メモ取りつつ「では今のところ出ている案ですが、」と意見を取りまとめる。もちろん俺は一切意見を出してないがそれに気づく者も、「書記と議長までやってもらってすいません。私がメモを取りますね、島さんはどんなご意見がありますか?」と配慮してくれる者もいない。みんな永遠に「私はぁ~」「俺はぁ~」と喋り続けている。思っていた以上に精鋭揃いだ。彼らはグループワークの意義を全く理解する様子がないのでひとまず意見を集約して方向性の決を採りサイト制作に移れるよう手はずを整えた。まずはみんなで決めた方向でそれぞれ実際にサイトを作ってみて良いものを吸収しあっていきましょうと。それで解散。ようやく解放された。ちなみに俺がとったメモつまり皆の総意である『班の方針』は共有フォルダに入れていたが次回グループワークの際誰もそのことを覚えていなかった。おそらくみんな脳が毎日更新されてフレッシュな状態になるもぎたて人間なのだろう。いつも新鮮で羨ましい限りだが絶対に一緒に仕事したくない人種だ。その後もサイトを作ってみてこれまた共有フォルダに入れて全員にアイデアや意見を求めたが返事は無し。あれ?グループワークとは俺が勝手に見た夢だったのか?白昼…夢?いやそんなハズはない、あれは絶対に現実だったはずだと班のメンバーに声をかけると「あぁ遅くなってすいません。あの~デザインがもっとぉ~フォント主体でぇ~…わかります?」と遥か上空から天啓のようなありがたいお言葉をいただいた。

喋るだけ喋って誰も実際に作成しない、というかできないので俺がまずは試作品を作ってみるもありがとうもなく無反応なのでこちらから声をかければ雲の上からの御言葉。キミたちは一体どうやって今まで働いてきたんだと。何目線の何気分なんやと。議長、書記、作成を年長者がやってくれてるのにまず人としての感謝、そしてなるほど仕事はこうやって組み上げていくのか勉強になるなぁとビジネスマン的尊敬はないんかいと。どう育ってどのような青春時代、ほろ苦い初恋、ドキドキのファーストキス、切ない別れを経験したらこんな立派なダメ人間たちができあがるのか。彼らの過去の職場の人達に心から(大変でしたね、やっと旅立ってくれましたね。)と労いの言葉を送った。

意見を求めてもまず返事が来ることがなかった班のメンバーたち。仕事できない人たちなんだろう。仕事のレスポンスが遅いのは社会人として致命的なことだし、あれどうなった?と声を掛けられるのは最も恥ずべき行為である。なぜならもうその人から(こいつ遅いし進捗報告もないし当てにならないな。)と仕事を振られなくなるからだ。それが上司ならまだいいが取引先の場合もある。それは仕事が消え収入が減るということだからまずいでしょ?他人様から当てにされなくなるのはビジネスマンとして価値を失うのと同じ。

遅くなるなら遅くなるで「あれどうなった?」が相手から出る前にこちらから声を掛け予定を伝え安心してもらう。それが人としての思いやりであり、仕事に対しての責任であり、社会人としての「腕」です。

ゴミ溜めから光に向かって…

それ以降も何か投げてももう一回声をかけられるまで無反応な人達だったので私は彼らと関わるのをやめた。仕事ができないのはいい。ただ人間性が終わっているのは致命的だ。それだと誰も助けてくれなくなるだけなのだが、あぁそうかだから今失業してんのかと納得して頭を切り替える。まずはこのグループワーク、おそらく誰も実際にサイトを作成しないだろうが俺一人でもいい、頑張って完成させてみよう。無からWebサイトを創り上げる。勉強にならないわけがない。それから毎日、訓練校から帰って深夜まで制作を続けた。班で決めた仮想のカレー屋さんのサイト。皆の意見で出たコンセプトを盛り込みデザインを作り込み連日連夜不慣れなコンピューター言語を少しずつ理解していきながら2ヶ月ほどかけてやっとサイトを完成させた。予想通り班の仲間は誰一人サイトを作らなかったし労いや感謝は無い代わりに上から目線の御高説しかくれなかったが何より自分にとってかけがえのない経験になったので良い。やはりゼロからWebサイトを創り上げるというのは非常に勉強になる。実際に手を動かすと細かな部分も気になり知らないことが山ほどあることに気付く。それを知れたことが財産だ。サイトを作るということはこれだけ難しく、これだけ時間が掛かり、これだけ意外なことが起こり、これだけ楽しいということが学べた。残念ながら班の仲間から良い刺激を受けることは無かったが、発表会があるらしいからそこでみんながアッと驚いてくれたら報われる。間違いなく誰よりも時間を掛け情熱を注いだ自信作が日の目を見るのは嬉しい。私はその日を楽しみに完成したWebサイトの保存ボタンを押した。

発表会は開かれることなく、先生は次の講師にバトンタッチして去っていった。