それでも生きるあなたへ

壁から突き出した鹿の頭部

メリコミの調教師

還暦のキャバ嬢ことネットビジネスおばあちゃん生活保護が打ち切られ背水の陣の飢餓ダイソンと立て続けに二体の強敵と遭遇し挫けそうな気持をなんとか奮い立たせ出会い系サイトを続けた。ポイントがまだ余っているからだ。これを使い切らないままチャレンジを諦めては男が廃るというもの。まだ2人会っただけじゃないか。日本に何千万人女性がいると思っているのか。諦めるにはまだ早すぎる。向こうの陰から安西先生がニヤリと笑っていた。次こそ!次こそマトモな人と出会いたい!検討に検討を重ねコレ!という人にメールを送った。プロフィールの写真は口元だけしか写っていないがそれが普通っぽくて良い。なんならちょっとイイ女風である。カラダ目的ばかりで辟易しているという風なことが書かれている。女性は女性で大変なようだ。心中お察しします。私はそのような輩ではございませんのでごはんでもいかがでしょうかとメール送信。するとお返事をいただき「男性はポイント買わなきゃいけないから大変でしょう」とすぐに直接LINEでやり取りをさせていただいた。お心遣いがありがたい。今度こそマトモな人と出会えたと胸を撫でおろした。文体もサバサバした、絵文字の使い方もお洒落で会話も上手なイケてる年上の女性だった。

そこ、座れるスペースあります?

こちらの真意もわかってくださり、どうやらおかしな人ではなさそうなので喜んでお食事でもと快諾していただいた。電車に乗り彼女が住む街へ。少し遠いが仕方ない。出会いとはそれだけ貴重なのだ。指定された駅前で待つこと数分、タクシーで迎えに来てくれた彼女は笑顔で手を振り「行こ☆ほら隣に乗って」とエスコートしてくれた。完全にジャバ・ザ・ハットだった。スターウォーズの。あれ?口元だけとはいえプロフィール画像とえらい違うぞ。この体型なら口元だけでもそのポテンシャルが計り知れるというもの。やりやがったな。別人の写真使いやがったなと思っても時すでに遅し。巨体が占有し僅かに残る後部座席の空きスペースに座るとタクシーは飲み屋街へと進んでゆく。「アタシの行きつけのお店取っといたから☆」まぁその、こちらも下心は無いので女性の容姿にケチをつけるような無粋な真似はしないがある一定の限度はあるだろと。ジャバさんやないかと。せめて人類ではいてくれよと。どう見ても100kg以上ある年上のその女性は太りすぎて顔のパーツが真ん中にめり込んでいるように見え、私は彼女の事を「メリコミさん」と呼ぶことにした。人生で出会った女性の中で一番大きい生き物だった。

人を見た目で判断してはいけないという寓話?

土地勘が全く無い街だったので彼女が案内してくれるのはありがたかったが、タクシーから降りると「ふぅ…よし、っしょ。」的な気合いを入れないと歩行もままならぬ巨体なので大丈夫なのかこの人と心配になってしまった。なんとか居酒屋に辿り着き入店。もちろん掘り炬燵のお部屋である。メリコミさんクラスになると平場に座るのはまず不可能で、コロンと転がり再び起こすのに最低でも成人男性3人の力を要するだろう。椅子も厳しい。無理に座っても破壊する可能性がある。己を知ったる者の生命のベストチョイス、それがこの掘り炬燵部屋であった。メリコミさんおすすめの料理を食べながらお話を伺った。彼女はその体型以外は親しみやすく話も上手なのでそれが幸いだった。次から次に料理を貪る様は昔宮崎アニメで見た豚の化け物のようであったが突然「あたしは超ドSでこの近辺じゃちったぁ知られた存在。こないだも20代の男の子をコテンパンにイワしたった。」と仰った。聞くとメリコミさんはいじめられたい男子に人気のドS・ザ・ハットだそうで、その噂を聞きつけた若い男性から我も我もとオファーが来るような人気メリコミなのだそうだ。ホントかよと思ったが彼女は体型以外は嘘をつくような人ではないので世の中は様々な需要と供給で成り立っているんだなぁと経済学の深淵が見え賢くなったような気がした。あまり若い子の将来を誤らせてはいけないのである程度経験を積むまではメリコミさんとお手合わせできないらしく、同じ土俵に立ててもまずは胸を貸して軽く横綱と序の口の格の違いを見せつけるのだそうだ。そうするとほとんどの男性は「メリコミ稽古ごっちゃんです!」と従順な子猫のようにリピーターになるとのこと。一体彼女が男性陣にどんなことをしているのか想像もつかないが名うての調教師を自認する彼女は大したもの。調教される豚はお前の方だろとチラッと思ったがそれはさて置き面白い話が聞けて良かった。そして俺もドSで良かった。ドMだったらその調教術を自身で体験してみたくなるところだった。ちなみにその辺の男ではメリコミさんを感じさせることすらできないらしい。

やるかやられるかは突然に

楽しんでもらえたのか、居酒屋を出ると行きつけのスナックに連れて行きたいと言われ移動。ママが一人でやってておっちゃん達が飲んでいる場末の良い感じのお店だった。カウンター席をギシギシいわせながらママと談笑するメリコミさん。「サイトで会って居酒屋行ってきたけど良い人で良かったわぁ~☆」と嬉しい言葉。印象良く楽しんでもらえたなら何よりだ。体型以外は良い人なのでこちらとしてもお友達として、これからもこの街のことなど教えていただこうと思っていたらママが、

「じゃあもうホテル行っちゃいなさいよ?」

いやいや、メリコミさんとはそういうの無いのよママ。そんなんばっかの中でそうじゃない俺で良かったわってそういう話なのね、ねぇメリコミさん?と顔を見たら、

「そうなのよ。行こうと思って。」

え!話違くない!?しかもなんなんその凛々しく日本のゆく末を睨む坂本龍馬のような眼差しは!あと「行こうと思って」じゃねえよスーパーの買い物か?それ相手の気持ちを尋ねた上で成り立つ言葉でしょうが!

お会計と共に手際良くホテル行のタクシーを手配するママ。さぁ船出ぜよと大きな背中で乗り込むメリコミさん。これはもう断れる空気ではない。かつて大政奉還に追い込まれた徳川慶喜公もこのような気持ちだったのかと江戸の方角に手を合わせ覚悟を決めた。何よりメリコミさんといえど女性。女に恥をかかすわけにはいかない。私もかつては「退かぬ、媚びぬ、省みぬ」を合言葉に数々の魑魅魍魎と闘った身。腕に覚えもある。速やかにこの巨大生物を仕留めてゆっくりとおやすみいただこう。その後の事はあまり思い出したくないというのもあるがこれを読んでいる人が気分を害してはいけないのでメリコミさんの反応をバトル漫画風に書くと、

「まずはお手並み拝見といこうか。ほぅほぅなるほどその手か。そのような手法か。ぬっ!?そうきたか。それはまぁそれでよしとして次はぬぬぬっ!なかなかやるではないかしかしながらまだまだ儂を倒すには意識の外からの攻撃でないとあっ!!あれ?ちょっと待ってアタシ……アタシったらぁぁああ~~~!!!」

もう一度言う。調教されるのはお前だ、豚野郎。



満足し爆睡するメリコミさんのイビキが空襲警報かというくらい凄まじく眠れない。朝までひたすら「鎮まりくだされ!鎮まりくだされ!」と手を合わせながら過ごした。ようやく朝が来て退室。メリコミさんはツヤツヤしておられた。喜んでいただけて何より。彼女の魅惑の調教術を味わえないのが残念だったが心に大きな傷を負うよりマシだ。まず最短で倒すことを選択した自分の危機察知能力とこれまでの有象無象との闘いで培ったテクニックにさすがと言うべきであろう。メリコミさんはいたくゴキゲンでまた会おうねと言ってくださった。一晩を過ごした女性が出す、あの彼女面とはいわないまでも距離が近くなった、少しデレた感じが出ている。苦手だ。しかも元々遠近法を無視したメリコミさんだ。近い。とても近い。一睡もできなかった体でこの車内状況はなかなかの地獄だったが駅まで我慢すれば解放される。もう少しの辛抱だ。

駅に着き、メリコミさんは笑顔で送り出してくれた。ありがとうメリコミさん。もう会うことはないけど楽しかった。どうか体に気をつけて長生きしてくださいね。そのイビキと無呼吸症候群だとあまり時間が残されてないような気もするが。


残ったポイントもあと僅か。心も体も疲れ果てた俺はさっさとポイントを使い切って出会い系サイトをやめようと決意した。出会い系サイトに対し出会わないことを宣言しようと思った。体力の限界!気力もなくなりもはや髷を落とす以外この悪夢から逃れる術は無い。こんなトンデモオールスターズみたいな女性陣と会ってたらそのうち自分の中の大切な何かが音を立てて弾けてしまう。やめよう。もっと別の方法を考えるか最悪一人で趣味でも見つけて楽しく生きていけばいいや。おだやかな日常に戻ろう…そんなことを考えながら帰りの電車でウトウトしていると脳裏にメリコミさんのイビキが響いて脂汗と共に飛び起きた。

「油断するな、家に帰るまでが出会い系サイトだぞ。」

出会いの神はそう微笑んでいた。