それでも生きるあなたへ

こちらを睨む4匹の猫

思ってたのとだいぶ違うな…

訓練校が始まり日にちは経てどいまだ教室内はシーン…としたまま。無理もない。スピーチ制度がないから会話の糸口が生まれにくい。自分の周りにいるのがどんな人なのかノーヒントだし、男女間ともなるとさらに話しかけ辛い。気を遣って話しかけてもひょっとして「…ナンパですか?」とか言われた日にはなんだとこのブス!くらえ!シャイニングウィザード!と美しい弧を描いた踵が正確にブスの顔面を貫き「イィヤアァァ~~ッッ!!!」の雄たけびと共にマットに沈めてしまいそうだ。そうなると新日派の男どもからは絶大な支持を得られるだろうが女性陣は来世になっても話しかけてくれないだろう。自重せねばならぬ。

せめて隣同士で話したりすれば良いのだがおとなしい人が多いのか進展が見られない日々が続いた。

前回の訓練校は和気藹々としていたが雲行き怪しいぞ…。先生もプログラマーというだけあってイケイケではなくひっそりとした感じ。生徒に振るときも「このプログラムを実行すると…どうでしょう?」みたいな、若かりし日の尖っていた松本人志のような無茶振りをしてくるので皆もシーン…となったまま会話が弾まない教室になってしまった。これは営業のテクニックだが、質問の選択肢は狭ければ狭いほど良い。一見不親切なようで、もっと相手に自由な選択肢を与えた方が優しいような気もするのだが人というものは選択肢が多くなればなるほど悩む生き物なのだ。だからといって「〇〇すると〇〇のようになる気がぁ~?しますかぁ~?」的な言い方をするとお前バカにしてんのかとなるので、絶妙な塩梅で回答者を誘導しつつ気持ち良くトロフィーを受け取っていただくのが最善である。横断歩道でたとえよう。

「横断歩道を渡って良いタイミングはなんだと思いますか?」

ではなく、

「赤、青、黄色の信号がありますよね?渡って良いのは何色だと思いますか?」

と質問した方が回答者は即答しやすい。極端な話、前者は「え~っと、それは車が全くいない時も含めて?信号機のある横断歩道での話?」的な、こちらが到達してほしいゴールとは無関係な質問が出てくる可能性もあるし、「車はいないものとします。信号機のある横断歩道です。」「ああそう。」という無駄なやりとりも発生する。それと同時に回答者に(めんどくせぇな。)という思いも抱かせてしまいその後の会話がうまくいかなくなる。質問するのなら同時に条件も問題文に含むべきである。会話というものは無駄なものを削ぎ落し最短でゴールに行けるものが正解なのだ。ただ先生はその辺が苦手な人だったので、

「このfloatに対してclear: both;を設定しないとどうでしょう?」

生徒「シーン…」

的な場面が多々あった。無理もない。昨日今日プログラミングを始めた人間にそんなこと聞いても「それはfloatをかけた要素の下位の要素も影響を受け回り込みを起こしデザインが崩れユーザーインターフェイスが悪くなり結果としてユーザーエクスペリエンスが低下するため推奨されません。キリッ」とメガネをクイッ!しながら早口で答えられるわけがない。ものを語る時は全く知らない人でも理解できるように話す必要がある。たとえば、

「floatという指示をこの部分に出すと、その部分を含めそこからずーっと下まで縦積みになっていたブロックが横並びになってしまいます。それを防ぐためにclear: both;という指示が出せますが、それはつまりブロックが縦積み、横積みどちらになるのでしょうか?」

と聞いてあげれば二択だし、横並びを防ぐなら縦積みやんと理解も早い。同時にfloatという指示をかけるとずーっと下まで横積みになっちゃうから、縦積みデザインでいきたい部分にはclear: both;をかけてあげなきゃいけないんだなぁと一石二鳥で理解できる。これがプロの説明である。しかしながら先生はそこまでべしゃりのテクがなかったので生徒とのコール&レスポンスがうまいこといってなかった。改めてものの伝え方、わかりやすい教え方というのは人と人がコミュニケーションをとる上で最も重要なものだと再認識した。我々営業マンがまず最初に教わるのは「横文字や専門用語を使うな」である。他人に通じない言葉は話していないのと同じだからだ。

山はどう登るかではなくまずどこから登るのかが大事

俺の前の席は年上麗しい五十路お姉さまで、「わからん。」「ならん。」を鳥の鳴き声のように定期的に発しておられ限界の様子だった。聞くとパソコンもそんなには活用したことなくプログラミングに関してはズブの素人。俺も似たようなもんだがあまりに困っておられたためできる範囲でサポートした。幸いにも以前通った訓練校の教え方が良く今習っているHTMLやCSSという言語について書き方は忘れてしまったがそれぞれの役目とか成り立ち、存在意義はハッキリと記憶していた。逆に考えればお姉さまはそれぞれの意味もわからず、しかも「HTMLとCSS…どうでしょう?」みたいに聞かれて余計混乱しただろう。もっと「Webサイト建築言語とデザイン言語」みたいにわかりやすい名前であれば良いが「HTMLはHyper Text Markup Langageでぇ~、CSSはCascading Style Sheetsの略ですぅ~。」と言われてもなんのこっちゃわからんかったと思われる。そこでそれぞれの役目と効果を実際にやってみせて少しずつ理解してもらっていると、気づくと後ろに人だかりができていた。みんなわからず不安だったのだ。あまり難しいことは教えてあげられないけど、この時の拙いワンポイントレッスンは最後まで感謝してくださる方もいてやってよかったと思っている。やはり人間最初の足がかりが大事。踏み外すと脱落する。それだけ最初の一歩というのはみんな不安なのよ。そこを親身にわかりやすく教えられるかどうかで辞めずに人が職場に残ってくれるか決まると思う。俺もそうやって教えられてきたからね。教え上手な先輩たちに感謝です。

勉強のしかた、今さら気づく45歳

授業を受けていく内にだんだんと過去の訓練校で教わったことも思い出してきて、すでに知ってる部分は聞いてる時間がもったいないので自分で先回りしてネットで応用編を調べつつそのプログラムが実行されるとどうなるか実践していった。同時に授業内容にも耳を傾け知らないことは吸収していった。

"必要な部分だけを、必要なところから吸収する"

学生時代はちんたらノートを取ることが仕事だと思いめんどくさがりながらやっていたが必要に駆られて勉強するとこうも人は変わるのかと我ながら驚いた。「そこ知ってるよ!あぁ時間もったいない応用編やるか!」当時勉強できた同級生たちはこうやって勉強していたんだろう。特に目的もなく学校に行っていた俺は多くの時間を無駄にしていたようだ。もうそんなのんびりした時間は俺には残されていないし、何より人生が懸かっている。これから始める素晴らしい旅の様子を発信できなくては文字通り人生が詰んでしまうのだ。貪欲に知識を吸収して全ての壁に顔面からブチ当たりバリバリ制作を進めていった。今習っているのはWebサイトの設計とデザインだ。

だって私はあなたじゃないもの

相変わらず教室は静かだった。本当ならいろんな人に話しかけて場の雰囲気を良くしたい性格なのだが残念ながら余裕が無い。みんな大人だからそれくらいのコミュニケーション能力は持っているだろうし、なければ勇気を出して培えば良い。ここはそういう社会性を養う修練の場でもある。前回の訓練校でも今回の訓練校でも最初に念を押されたが失業給付金が発生する以上ここは学校ではなく仕事なのである。学生気分ではダメなのだ。環境を良くするために自分が動き出さなくては何も変わらないのは実際の職場と同じ。心を鬼にして自分のことを優先し休み時間も無視してとにかく一日中制作を続けた。そしてその合間に「わからん。」「ならん。」とヘルプを求めてくるお姉さまにできる限りのことを教えまた自分の作業に戻る。これを毎日繰り返していた。そんなある日、お姉さまからテンプレート以外の鳴き声が。

「あたしが作ったフォルダ、どこにある?」

「え……?知りませんけど?」